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『ひとりで死ぬのはイヤだから』

出演:リリー・フランキー 吉行和子 マリア・イザベル・ロペス、ソリマン・クルス チャーリー・ディゾン 渡辺いっけい 古舘寛治 岩松了 片岡礼子/監督・脚本:ジャヌス・ヴィクトリア 製作:ローナ・ティー ダン・ヴィレガス 曽我 満寿美 撮影:芦澤明子 照明:御木茂則 美術:エーロ・イヴ・フランシスコ 編集:スー・ムン・タイ 録音:コリン・デ・サン・ホセ 音楽:ジャイ・サルダジェノ 原題:Diamonds in the Sand 配給:Spanic Films 宣伝:Playtime 2024年/日本・フィリピン・マレーシア/102分/DCP/カラー/1.85:1/5.1ch/G (c)2027「Diamonds in the Sand」Film Partners

作品紹介
 
<ウディネ・ファーイースト映画祭 最優秀新人監督賞 受賞>リリー・フランキー主演 × 日本・フィリピン合作映画
人付き合いの苦手な男が出会った、最高におせっかいで、じんわり心に染みる再起の物語
人間関係の希薄な窓際サラリーマン・ヨージ(55歳)は、ある日、近隣で起きた孤独死の現場を目撃したことをきっかけに、自らの最期について思いを巡らせるようになる。「自分は、こんなふうにひとりでは死にたくない」。唯一自分を気にかけてくれていた母親も他界し、ついに天涯孤独になったヨージ。母の最期を看取ってくれたフィリピン人の看護師ミネルヴァを頼り、フィリピンの首都マニラに向かう。小心者で、見栄っ張りで、でも誰よりも傷つきたくない──そんな不器用な男を、リリー・フランキーがユーモアと哀愁をにじませて等身大に演じる。共演には、母親役の吉行和子をはじめ、渡辺いっけい、古舘寛治、岩松了ら実力派が集結。笑って、ちょっと切なくて、気づけば胸に沁みる。ひとりの中年男の“終活”を通して、人生の愛おしさを描いた、ほろ苦くも優しい物語。
年間7万人が「ひとりで死ぬ」孤独死大国・日本から、「孤独のない国」フィリピンへー
いまや日本では、年間7万人を超えるともいわれる孤独死。本作の監督を務めるフィリピン人のジャヌス・ヴィクトリアは、アメリカ『TIME』誌で特集された日本の孤独死に触れ、大きな衝撃を受けたという。フィリピンには「孤独」という概念がない。だからこそ、理解できないその問いが本作を生み出す出発点となった。ベテラン撮影監督・芦澤明子による映像は、日本とフィリピン、それぞれの空気や温度差を繊細に捉え、本作に豊かな奥行きを与えている。孤独が日常のなかに深く沈殿する日本と、喧騒に満ちあふれながらも人と人との距離が近いフィリピン。単純な対比に終わることなく、それぞれの社会が抱える死をめぐる現実に目を凝らしつつ、人間の温かさ、そして愚かさを、鋭くもやさしい眼差しで描き出していく。
ストーリー
 
東京でひとり暮らしを送る窓際サラリーマンのヨージは、唯一気にかけてくれていた母を亡くし、天涯孤独となる。そんな折、近隣で起きた孤独死を目の当たりにし、「こんなふうには死にたくない」と強く思う。母の最期を看取ったフィリピン人看護師ミネルヴァの存在に惹かれ、「フィリピンには孤独がない」という言葉を胸に、マニラへ向かう。
監督
 
ジャヌス・ヴィクトリア
マニラ出身。フィリピンのマニラを拠点とする脚本家・監督。フィリピンの放送局やデジタルプラットフォーム向けに時事問題のドキュメンタリーを制作しながら、人々と場所の関係を探求している。これまでに『マニラの神話』を含む 6 本の短編映画や、東京のアパートでの孤独死に関するドキュメンタリー短編『沈黙との出会い』を制作。『ひとりで死ぬのはイヤだから』 は長編映画としての監督デビュー作となる。
ジャヌス・ヴィクトリア監督へのインタビュー
日本の外から日本を見つめる映画監督として、なぜ「孤独死」というテーマに特に関心を持たれたのですか。また、日本以外の視点からこの問題について何を明らかにしたいと望まれていますか。
孤独死に関するニュースを最初に読んだとき、私はショックを受け、そのようなことが起こるということが信じられませんでした。当時はまだ精神的にもとても未熟でした。しかし、さらに深く考えるうちに、人生をより深く見つめることができるようになり、私自身も「一人で死ぬことへの恐怖」を抱いていることに気づきました。
そして、この物語に取り組み、他の人々にその話を伝え、他国の映画ファンドのピッチでこのプロジェクトを発表していく中で、「一人で死ぬことへの恐怖」は普遍的な恐怖なのだと知りました。それは常に、個人的なレベルで観客の共感を呼び起こしました。
この物語に取り組んだ際、日本以外の視点からこのテーマに光を当てるという目的はありませんでした。私は、感情的な真実を伴う物語を書くことに集中していました。
フィリピン社会の中で生きて育ったご自身にとって、その社会の絆や人間関係について最も印象的だったことは何ですか。
フィリピン人は陽気な国民性だという評判がありますが、私はそれが本当だと感じたことはありません。私たちの中には、表面に出さない深い悲しみがあります。
同時に、私たちは孤独への恐怖についても非常に率直に言葉にします。この映画を作ったことは、自分の社会や人々をよりよく理解する機会を与えてくれました。
リリー・フランキーさんと共に仕事をする中で、撮影現場での文化や言語の壁をどのように乗り越えましたか。また、俳優としての彼のクリエイティブな直感について、最も驚かされたことは何ですか。
この映画の制作において、リリーさん、そして撮影監督の芦澤明子さんとの協働を通じて学んだ最も大切なことは、ひとたび覚悟を決め、信頼関係を結べば、言語や文化の違いは二の次になるということです。その信頼関係があったからこそ、私たちは同じ目線に立ち、この物語を最善の方法で伝えるにはどうすればよいかを共に模索することができました。
主人公ヨージのキャラクターは、私の頭の中で10年間生き続けていました。しかし、リリーさんがヨージに命を吹き込む姿を見るのは、私にとって心が解きほぐされるような経験でした。彼はヨージの感情の旅を、明確にするだけでなく、共感できるものにしてくれました。
日本の観客がこの映画を観た後に心に残してほしい、最も重要な対話や問いは何ですか。
孤独死とは、一人で死ぬことではありません。「忘れ去られること」についてなのです。忘れられたい、自分の人生には意味があったと感じたいというのは、私たちの人間としての本性です。最期を迎えたときに、自分で自分の人生を「思い出したい」と思えるような生き方をするために、どんな生き方をしたら良いのでしょうか。それについて皆さんと対話したいし、自分にも問いかけたいと思っています。
コラム
 
“世界一孤独な日本のオジサン”が異国で見つけた闇と光
岡本純子[コミュニケーション戦略研究家/『世界一孤独な日本のオジサン』著者]
「ヨージ、55歳、サラリーマン。『人と関わるのが面倒くさい』を辞めました。」 本作「ひとりで死ぬのはイヤだから」のポスターに添えられたこの短いフレーズに、現代日本のミドル・シニア男性が抱える苦悩と葛藤が見事なまでに凝縮されている。
私は2018年に上梓した著書「世界一孤独な日本のオジサン」(角川新書)の中で、望まぬ「孤独」がいかに心身を蝕むかということ、そして、日本の中高年男性が深刻な孤立リスクを抱えていることに警鐘を鳴らした。あれから9年近くが経過し、コロナ禍やデジタル化を経た今、その危機は、社会の底流でより深く、静かに進行している。いまや日本では、年間7万人近くが「孤独死」しており、その8割が男性だ。
本作でリリー・フランキーさんが哀愁たっぷりに演じる主人公・ヨージは、まさにこの「孤独大国・日本」を象徴する存在と言えるだろう。バツイチ、東京でひとり暮らしの会社員。楽しみの少ない毎日の中で、唯一自分を気にかけてくれていた母を亡くし、文字通り天涯孤独となる。そして、凄惨な孤独死の現場を目の当たりにしたことで、「こんなふうに死にたくない」という底知れぬ恐怖に突き動かされていく。
国際的な調査を見ても、日本人の高齢男性の「社会的孤立度」は先進国の中で際立って高い。その背景の一つに、「孤独を美化する風潮」がある。私が中高年男性の孤独のリスクについてネット上で記事を書くと、そのコメント欄には「孤独の何が悪い」「人は一人で生きていくものだ」「余計なお世話だ」「笑顔を見せるぐらいなら死んだ方がマシ」といった言葉であふれ返る。
書店に行けば、「孤独の力」「極上の孤独」など、孤独礼賛本が山積みだ。「孤独」をネガティブにとらえること、そして自分自身がその犠牲者、つまり弱者として描かれることを忌避する男性も多い。
厄介なのが、「男は黙って」「弱音を吐くな」という「男らしさ」の呪縛と、年を重ねるごとに肥大化するプライドだ。寂しい気持ちに蓋をし、「ひとりの方が気楽だ」「人と関わるのは面倒くさい」と、自ら心のシャッターを下ろしてしまう。
だから、この映画のタイトルを見て、「人は誰でも一人で死ぬ。この主人公は『孤独に耐えられない弱虫な奴』」との思いを抱いた人はいるだろう。今や単独世帯の割合は4割を超え、日本は堂々の「お一人様大国」である。
しかし、どんなに強がってみせても、もがき続けるヨージの姿に、自分の生きざまをつい重ね合わせてしまう人は少なくないはずだ。
日本社会では「他人に迷惑をかけないこと」が最上の美徳とされ、それが結果として人と人との間に見えない壁を作り、孤立に拍車をかけている。一方、ヨージが飛び込んだフィリピンの社会は、いい意味で「お節介」で、他者との境界線が曖昧だ。人々は屈託なく笑い、時に図々しくも温かく他人の人生に踏み込んでくる。
フィリピン出身のジャヌス・ヴィクトリア監督によれば、フィリピンにはそもそも日本のような「孤独」という概念が存在しないという。スクリーンに映し出される日本の冷え冷えとした静の空気感と、マニラのむせ返るような熱気、混沌のコントラスト。
本作では、フィリピンの温かな人間関係の裏にある、貧困や、濃密な人間関係ゆえに目撃しなければならない「闇」の部分も描き出されている。ヨージは異国の地で、そうした負の経験を積み重ねながらも、見栄やプライドという重い鎧を少しずつ脱ぎ捨て、他者と関わることの喜びに目覚めていく。まさに、「めんどくさいをやめる」という小さな一歩が大きな転機につながる奇跡。
私が著作の中でお伝えしたのは、老後に向けて本当に蓄えるべき資産は「カネ」だけではなく、「コネ(人とのつながり)」と「ネタ(趣味や好奇心)」だということだ。孤独の迷宮から抜け出すために必要なのは、束縛を伴う息苦しい人間関係でもなければ、洗練された話術でもない。「私は寂しい」「誰かとつながりたい」と自分の弱さを認め、ほんの少しの「億劫さ」を乗り越えて、他者の懐に飛び込んでみる小さな勇気だ。
タイトルの「ひとりで死ぬ」とは、決して、その死ぬ瞬間の一コマではなく、この世に生を授かりながら、「誰にもその命の存在を肯定してもらえない」絶望を意味しているのではないだろうか。
この映画は、そんな人間としての根源的な渇望との折り合い方について考え直すきっかけになると同時に、孤独の殻に閉じこもりがちな現代のすべての大人たちに、もう一度誰かへ向かって一歩を踏み出す勇気をそっと手渡してくれる。
<著者プロフィール>
岡本純子:神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。英ケンブリッジ大学国際関係学修士。読売新聞経済部記者、電通PRコンサルタントを経て、グローコム代表取締役社長に就任。人材育成・研修、企業PRのコンサルティングなどを手がける。2018年に「世界一孤独な日本のオジサン」を出版、話題となる。さらに大企業や外資系のリーダー、官僚・政治家など、1000人を超えるビジネスパーソンのコーチとして、プレゼン・スピーチ等のプライベートコーチングに携わる。著書に、シリーズ累計20万部を突破した『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』『世界最高の伝え方』(共に東洋経済新報社)など。2022年、次世代リーダーのコミュ力養成を目的とした「世界最高の話し方の学校」を開校。