コラム
“世界一孤独な日本のオジサン”が異国で見つけた闇と光
岡本純子[コミュニケーション戦略研究家/『世界一孤独な日本のオジサン』著者]
「ヨージ、55歳、サラリーマン。『人と関わるのが面倒くさい』を辞めました。」 本作「ひとりで死ぬのはイヤだから」のポスターに添えられたこの短いフレーズに、現代日本のミドル・シニア男性が抱える苦悩と葛藤が見事なまでに凝縮されている。
私は2018年に上梓した著書「世界一孤独な日本のオジサン」(角川新書)の中で、望まぬ「孤独」がいかに心身を蝕むかということ、そして、日本の中高年男性が深刻な孤立リスクを抱えていることに警鐘を鳴らした。あれから9年近くが経過し、コロナ禍やデジタル化を経た今、その危機は、社会の底流でより深く、静かに進行している。いまや日本では、年間7万人近くが「孤独死」しており、その8割が男性だ。
本作でリリー・フランキーさんが哀愁たっぷりに演じる主人公・ヨージは、まさにこの「孤独大国・日本」を象徴する存在と言えるだろう。バツイチ、東京でひとり暮らしの会社員。楽しみの少ない毎日の中で、唯一自分を気にかけてくれていた母を亡くし、文字通り天涯孤独となる。そして、凄惨な孤独死の現場を目の当たりにしたことで、「こんなふうに死にたくない」という底知れぬ恐怖に突き動かされていく。
国際的な調査を見ても、日本人の高齢男性の「社会的孤立度」は先進国の中で際立って高い。その背景の一つに、「孤独を美化する風潮」がある。私が中高年男性の孤独のリスクについてネット上で記事を書くと、そのコメント欄には「孤独の何が悪い」「人は一人で生きていくものだ」「余計なお世話だ」「笑顔を見せるぐらいなら死んだ方がマシ」といった言葉であふれ返る。
書店に行けば、「孤独の力」「極上の孤独」など、孤独礼賛本が山積みだ。「孤独」をネガティブにとらえること、そして自分自身がその犠牲者、つまり弱者として描かれることを忌避する男性も多い。
厄介なのが、「男は黙って」「弱音を吐くな」という「男らしさ」の呪縛と、年を重ねるごとに肥大化するプライドだ。寂しい気持ちに蓋をし、「ひとりの方が気楽だ」「人と関わるのは面倒くさい」と、自ら心のシャッターを下ろしてしまう。
だから、この映画のタイトルを見て、「人は誰でも一人で死ぬ。この主人公は『孤独に耐えられない弱虫な奴』」との思いを抱いた人はいるだろう。今や単独世帯の割合は4割を超え、日本は堂々の「お一人様大国」である。
しかし、どんなに強がってみせても、もがき続けるヨージの姿に、自分の生きざまをつい重ね合わせてしまう人は少なくないはずだ。
日本社会では「他人に迷惑をかけないこと」が最上の美徳とされ、それが結果として人と人との間に見えない壁を作り、孤立に拍車をかけている。一方、ヨージが飛び込んだフィリピンの社会は、いい意味で「お節介」で、他者との境界線が曖昧だ。人々は屈託なく笑い、時に図々しくも温かく他人の人生に踏み込んでくる。
フィリピン出身のジャヌス・ヴィクトリア監督によれば、フィリピンにはそもそも日本のような「孤独」という概念が存在しないという。スクリーンに映し出される日本の冷え冷えとした静の空気感と、マニラのむせ返るような熱気、混沌のコントラスト。
本作では、フィリピンの温かな人間関係の裏にある、貧困や、濃密な人間関係ゆえに目撃しなければならない「闇」の部分も描き出されている。ヨージは異国の地で、そうした負の経験を積み重ねながらも、見栄やプライドという重い鎧を少しずつ脱ぎ捨て、他者と関わることの喜びに目覚めていく。まさに、「めんどくさいをやめる」という小さな一歩が大きな転機につながる奇跡。
私が著作の中でお伝えしたのは、老後に向けて本当に蓄えるべき資産は「カネ」だけではなく、「コネ(人とのつながり)」と「ネタ(趣味や好奇心)」だということだ。孤独の迷宮から抜け出すために必要なのは、束縛を伴う息苦しい人間関係でもなければ、洗練された話術でもない。「私は寂しい」「誰かとつながりたい」と自分の弱さを認め、ほんの少しの「億劫さ」を乗り越えて、他者の懐に飛び込んでみる小さな勇気だ。
タイトルの「ひとりで死ぬ」とは、決して、その死ぬ瞬間の一コマではなく、この世に生を授かりながら、「誰にもその命の存在を肯定してもらえない」絶望を意味しているのではないだろうか。
この映画は、そんな人間としての根源的な渇望との折り合い方について考え直すきっかけになると同時に、孤独の殻に閉じこもりがちな現代のすべての大人たちに、もう一度誰かへ向かって一歩を踏み出す勇気をそっと手渡してくれる。
<著者プロフィール>
岡本純子:神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。英ケンブリッジ大学国際関係学修士。読売新聞経済部記者、電通PRコンサルタントを経て、グローコム代表取締役社長に就任。人材育成・研修、企業PRのコンサルティングなどを手がける。2018年に「世界一孤独な日本のオジサン」を出版、話題となる。さらに大企業や外資系のリーダー、官僚・政治家など、1000人を超えるビジネスパーソンのコーチとして、プレゼン・スピーチ等のプライベートコーチングに携わる。著書に、シリーズ累計20万部を突破した『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』『世界最高の伝え方』(共に東洋経済新報社)など。2022年、次世代リーダーのコミュ力養成を目的とした「世界最高の話し方の学校」を開校。